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札幌高等裁判所 昭和24年(新を)36号 判決

控訴人 被告人 阿部幸一

弁護人 百瀬武利

検察官 折居辰治郎関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人及び弁護人百瀬武利の各控訴趣意は後記のとおりである。

弁護人控訴趣意第一点について。

原審第一回公判調書には「右被告人に対する窃盗被告事件について昭和二十四年四月十六日札幌簡易裁判所公判廷に於いて開廷した」とあり、その末尾には「昭和二十四年四月二十二日札幌簡易裁判所裁判所書記滝川乙也裁判官篠田吉之助」と記載せられていることは弁護人所論のとおりであるが、その前者即ち昭和二十四年四月十六日というのは公判調書の記載要件として刑事訴訟規則第四十四条第一号に規定せられる公判をした年月日のことであり、その後者即ち昭和二十四年四月二十二日というのは、公務員が作るべき書類の方式として同規則第五十八条に規定せられた作成年月日のことであることは、その調書記載自体によつて疑のないところである。調書には「公判廷に於いて……開廷した」とあるけれどもそれは「公判をした」という意味であつて単に公判を「開始した」という意味でないことは、刑事訴訟法第二百八十二条にも「公判廷は……開く」とあるのが単に「開始する」意味でないのと同断であつて、弁護人所論のようにこの調書の最後の部分に「裁判官は弁論を終結し……閉廷した昭和二十四年四月二十二日」とあるからといつて二十二日に閉廷した趣旨に読もうというのはいささか常道に反する。従つてこの調書には弁護人所論のような矛盾はなく、又他にもこの調書の有効性を害する事由は見当らない。ところでこの公判調書によれば被告人は原審公判廷で任意に供述をなし且つ原判決に示す被告人の供述以外の各証拠は何れも適法に証拠調がなされていることを認めることができるので、これ等を証拠として有罪の認定をした原判決には何等弁護人主張のように違法はないといわなければならない。

同第二点について。

原判決に示す証拠によれば原判決事実摘示のとおり、窃盗既遂の事実を認定するに十分であつて、弁護人援用の被告人供述調書には被告人は被害者の手提籠中の財布を窃取しようとして財布を「手でつかんであげようとした処男の人に返しなさいといわれたので発見されたから甘くないと思つて投げた」との記載があるが、他の証拠と考へ併せると、それは一旦窃取した財布を直ちに投げ棄てた状況と判断すべきであつて、決して窃盗の着手に止まるものと認定することはできない。原判決には何等事実の誤認はないといわなければならない。

被告人控訴趣意について。

被害金品は被害者に返還せられていることは記録上明らかであるが、それは被告人が自由意思によつて返還したものでなく、その他諸般の点を考慮しても原判決の量刑が重きに過ぎるとは考えられない。他に本件について刑事訴訟法第三百七十七条乃至第三百八十二条に規定する事由は見当らない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条によつて本件控訴はこれを棄却すべきものとし、当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項によりこれを被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹村義徹 判事 大崎孝之栄 判事 河野力)

弁護人百瀬武利控訴趣意

第一点原審の訴訟手続は法令に違反している。原審裁判官は本件に付第一回公判期日を昭和二十四年四月十六日と指定していることは記録上顯著である。然るに原審第一回公判調書によると公判期日に関し其冐頭の記載と末尾の記載とが食ひ違つている。即ち其の、

(イ)冐頭には昭和二十四年四月十六日開廷した旨が記載されてゐるけれども、

(ロ)末尾には「裁判官は弁論を終結し……中略……閉廷した昭和二十四年四月二十二日」と記載されていて閉廷したのは指定日以外の同年四月二十二日であるが如くにも読まれる。

右の矛盾した記載は公判調書の記載の正確性と信憑性を破壊するものと信ずる。而して原審は右公判調書記載の被告人供述並証拠調による被告始末書等を採つて有罪の言渡をしたものであつて明かに違法であるから原判決を破毀し相当裁判仰度し。

第二点原審は未遂の事実を既遂に誤認している公判に顯われた被告人に対する司法警察員作成に係る昭和二十四年三月十五日附供述調書其の他本件記録によると被告人は電車内で財布を盗む目的で甲谷泰子の持つていた手提籠へ手首を差入れ財布を握り之を引出そうとした途端に他の乘客に見付けられたものであつて被告人の手首は未だ手提籠内に在り発見されて手を押えられたので財布を離して手を引いた拍子にその反動で財布が手提籠の外にはじかれて転び出たものと認められる。右の事実関係によると本件は未遂であると信ずる。然るに原審は此の点に関する審理を尽さないで漫然既遂と認定しているから原判決を破毀し相当裁判仰度し。

被告人控訴趣旨

一、私としまして被害者より窃取したる金銭は即時返して居りますので御迷惑を掛けた事を深く戒心致して居ります故もう少し最低の刑に浴したく寛大なる処置をお願致します。

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